入社して間もない新人が早々と退職してしまう――。このところ春が来るたびにそんなニュースを見かける気がするが、つい先日報道されたのは、入社式の翌日だか就業して2日目だかに退職希望者がすでにあちこちで現れた話だった。そういった最新の「退職者事情」を語るのは、当人になり替わって「辞めさせてほしい」と会社に談判する「退職代行」という業者の人。昭和世代の当方からすると「そんな連絡さえ自分でできない人間に、まともな会社員人生を送れるわけがない」と言いたくなるのだが、やれパワハラだ何だと厳しいこのご時世、そんなことを公に言っていたら、たちまち袋叩きになることは私もわかっている。
そんな退職代行業者としてどんなニュース番組にも出て来るのが、業界でシェアナンバー1だという「モームリ」という会社だ。最初にこの社名を見て思ったのは「何てふざけた名前なのか」ということだ。「モームリ」から電話やメールで連絡を受ける企業の担当者は、社員が突然の退社通告をしてきたショックのほか、その連絡を本人でなく第三者がしてきた不快感、そのうえにこんな会社名を聞かされて「舐めてるのか?」と言いたくなる三重の意味合いで苛立ちを味わうに違いない。「モームリ」の担当者は、電話口であえて平板なイントネーションで名乗り「とくに意味のない単なる会社名」と思わせる配慮をしているのか、それとも「もう無理」という日常会話そのままに聞こえる言い方をするのか、他人事ながらそんな心配まで思わずしてしまう。
ネット情報によれば、このビジネスは10年近く前、まったく違うパイオニア企業の発案で生まれたが、後発で参入した「モームリ」が、その社名のインパクトで業界トップにのし上がったという。考えてみれば、この商売の顧客はあくまでも会社を去る個々人だ。「モームリ」の社名が人事担当者にどう響くかなどどうでもよく、むしろそんな心配をするような常識人であれば、そもそも退職代行などというサービスを利用しないはずだ。つまり、一般にはかなり変わり者に見られる人々に向けたサービスなればこそ、相手への配慮のない、ただただわかりやすいネーミングが、むしろ好感を与えるのかもしれない。
今週の『週刊文春』は、「流行りの退職代行モームリに、従業員4人が『モームリ!』」という記事を載せていて、思わずニヤリとさせられた。仕事上のミスを大勢の前で面罵したり全社員が見る共有LINEで𠮟責したりするパワハラ気質あふれる職場環境から、2022年創業のこの会社ですでに5人(記事タイトルでは4人となっている)が他社の退職代行を使って会社を辞めたという。記事が指摘する問題はもうひとつ。モームリは法的な対応を必要とする退職希望者を弁護士に紹介し、弁護士料金の3割のキックバックを受けてきたという。もしこれが事実なら、モームリも当該弁護士も弁護士法違反に問われる可能性がある。取材記者が谷本信二社長と対面し、真偽を問いただすと、谷本社長は「そういった支払いはない」と否定して見せたが、文春は「メールや社内資料など複数の証拠がある」として記事の掲載に踏み切った。
少子化の過度の進行で、求職者の極端な売り手市場になっている現在ならではの話題だが、先だって報じられた一部大企業による「初任給30万円越え」の衝撃もあり、彼ら新世代の上司・先輩世代になる40~50代のメンタルがいささか心配だ。何しろ今週の『週刊SPA!』が載せたのは、「氷河期貧困の実態」のタイトルで未だバイトで食いつないでいる東大出のポスドク研究者や、過重労働で適応障害となり収入を新人並みに下げられた元中間管理職の嘆きなど、40~50代の苦境を取り上げた大特集なのである。近年、社会保険料のあまりに重い負担から、シニア世代を「老害」と敵視する若い世代の恨みつらみが目立つようになっているが、これからは就職氷河期世代が自分たちのふた回り下、Z世代への優遇を不公平だとする苛立ちも強まってゆくだろう。世代間の分断・対立という昨今のキーワードは今後、下から上、中間から下というふたつの方向の世代的苛立ちを意味する言葉に変質していきそうだ。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。